2011/04/26 23:16:34
『神農本草経』(しんのうほんぞうきょう、しんのうほんぞうけいまたは しんのうほんぞうぎょう)は、後漢から三国の頃に成立した中国の本草書である。
概要
『神農本草経』は神農氏の後人の作とされるが、実際の撰者は不詳である。365種の薬物を上品・中品・下品の三品に分類して記述している。上品は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品は毒にもなり得る養性薬、下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている。
500年(永元2年)、南朝の陶弘景は本書を底本に『神農本草経注』3巻を撰し、さらに『本草経集注』7巻を撰した。陶弘景は内容を730種余りの薬物に増広(ぞうこう)している。
こうして中国正統の本草書の位置を占めるようになったが、現在みることができるのは敦煌写本の残巻や『太平御覧』への引用などにすぎない。
その復元を図ったものとしては、明代の盧復、清朝の孫星衍、日本の森立之によるものなどがある。
概要
『神農本草経』は神農氏の後人の作とされるが、実際の撰者は不詳である。365種の薬物を上品・中品・下品の三品に分類して記述している。上品は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品は毒にもなり得る養性薬、下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている。
500年(永元2年)、南朝の陶弘景は本書を底本に『神農本草経注』3巻を撰し、さらに『本草経集注』7巻を撰した。陶弘景は内容を730種余りの薬物に増広(ぞうこう)している。
こうして中国正統の本草書の位置を占めるようになったが、現在みることができるのは敦煌写本の残巻や『太平御覧』への引用などにすぎない。
その復元を図ったものとしては、明代の盧復、清朝の孫星衍、日本の森立之によるものなどがある。
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2011/04/26 23:15:28
本草綱目(ほんぞうこうもく)は、中国の本草学史上において、分量がもっとも多く、内容がもっとも充実した薬学著作である。作者は明朝の李時珍(1518年 - 1593年)で、1578年(万暦6年)に完成、1596年(万暦23年)に南京で上梓された。日本でも最初の出版の数年以内には初版が輸入され、本草学の基本書として大きな影響を及ぼした。中国では何度も版を重ねたが、日本でもそれらが輸入されるとともに和刻本も長期に亙って数多く出版され、それら和刻本は3系統14種類に及ぶ。
本書の編纂するために作者李時珍は、約27年間の歳月をかけ、三回も書き直し、800種以上の文献を参考した。また度重なる現地調査や標本採集なども並ならぬ心血を費やした。
全52巻、収録薬種は1892種(374種は新収)、図版1109枚、処方11096種(うち8000余は李時珍自身が収集、確定したもの)にのぼる。薬物ごとに釈名(名称の考証)・集解(産地の注解)・正誤(それまでの文献における間違いを訂正)・修冶(製造方法)・気味・主治・発明・処方(民間に流布される処方を収集)などの項目が立てられている。なお、第52巻には人体の薬物利用について、35の部位が収載されている。詳しくはヒトに由来する生薬を参照のこと。
本書の編纂するために作者李時珍は、約27年間の歳月をかけ、三回も書き直し、800種以上の文献を参考した。また度重なる現地調査や標本採集なども並ならぬ心血を費やした。
全52巻、収録薬種は1892種(374種は新収)、図版1109枚、処方11096種(うち8000余は李時珍自身が収集、確定したもの)にのぼる。薬物ごとに釈名(名称の考証)・集解(産地の注解)・正誤(それまでの文献における間違いを訂正)・修冶(製造方法)・気味・主治・発明・処方(民間に流布される処方を収集)などの項目が立てられている。なお、第52巻には人体の薬物利用について、35の部位が収載されている。詳しくはヒトに由来する生薬を参照のこと。
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